ウルサスは千年もの間、冬が続く帝国です。鉄の秩序と貴族の栄光がまばゆいほどに、その影で炭鉱夫や庶民、学生たちは音もなく凍え死んでいきます。
サンクトコンブルクのとある聴聞会場。「カトルガ事件」を裁くと集まった貴族たちは、結局互いの胸ぐらを掴み合って転げ回っています。議事堂の外では、数百人の学生が旗もスローガンも掲げず静かに立っています。
そして証人席に立った一人の少女が、壁一枚の向こうのゴミ捨て場に打ち捨てられた人々が、どうして「私たち」になったのかを語り始めます。
貴族たちが胸ぐらを掴み合い始めた聴聞会
最初の証人は、殉職した警官の娘アブサント(本名ゾーヤ)。皮肉な物言いの奥に情の深さを隠した少女です。
彼女が回想するのは、数日前の学生連合大会。捕らえられた仲間リレアを救おうという点では皆一致していますが、方法をめぐって「近衛軍」派は監獄襲撃を、「研究会」派は慎重論を主張し、また殴り合い寸前になります。
彼女の他にも、浮浪児ウクシクと議長オルガが順に証言台に立ちます。それぞれ違う場所で同じ冬を生き抜いてきた声です。
そこに遅れて現れたのがズィマー(本名ソーニャ)。チェルノボーグから来た自治団の団長で、言葉より拳が先に出る人物です。理性的な参謀イースチナ(本名アンナ)も一緒です。

議長オルガの折衷案はこうです。監獄は攻めず、冬の舞踏会場を非武装で包囲して抗議するだけにする、というもの。ズィマーは無謀だと思いつつも、自治団を守るため結局は賛成に手を挙げます。
舞踏会場を包囲してみたら、暗殺者が三人もいた
リェータ(本名ナタリア)は没落した伯爵家の相続人という身分で舞踏会に潜入します。情報を探るためです。彼女を娘のように可愛がる老貴族ヴァブロゾヴァ夫人は「政治を学びつつ、ただ楽しみなさい」と優しく諭します。
夫人の教えは「群れに溶け込め」ということ。一枚の署名が没落した両親を再び立たせ、友人を守ってくれるという囁きに、リェータはまだ学ぶべきことが多いと感じます。
その華やかな広間で、リェータはカトルガを担当する枢密官パブロヴィチを初めて目にします。人の良い笑顔の裏に計算を隠した男です。
一方、地下では滑稽な騒動が起きています。男爵を狙う不器用な暗殺者と、公爵を狙う別の暗殺者が鉢合わせして揉め合っているのです。その時、無言で包丁だけを手に取り姿を消す第三の影がありました。
定刻、サンクトコンブルク全域が停電します。闇の中で学生たちのシュプレヒコールが響き渡ります。

舞踏会から皇帝が消えた
実はその夜、舞踏会場の本館で爆薬が発見され、ある一人が静かに姿を消していました。それこそがウルサスの皇帝です。
議長ヴィートと近衛「皇帝の刃」の会話でそれが明らかになります。刃は皇帝を地下道へ避難させつつも、あえて引き止めませんでした。「窓の外のウルサスを、その目で直接見せてやれ」と言って。
外では抗議が惨劇と化します。遅れて現れた憲兵隊が催涙弾を浴びせ、学生たちを踏みにじるのです。グム(本名ラダ)は、ある警官の手首に失踪した父の腕時計を見つけて凍りつきます。
グムを助けようと飛び込んだズィマーは捕まってしまいます。自分の代わりにロサ(本名ロザリンド)とイースチナに、皆を連れて逃げるよう命じながら。

監獄が足りず、ゴミ捨て場に放り込まれたお坊ちゃんたち
逮捕された学生の多くは貴族の子弟でした。頭を抱えた警察長官は、彼らを正式な監獄ではなく、パブロヴィチが治める封鎖区域カトルガ地区にまとめて放り込んでしまいます。
そこでは既にアントーシャ率いる無拍子同盟が戦っていました。抑圧を根こそぎ焼き払おうとする青年革命家たちです。彼のそばには、平民出身の友マトヴェイがいつも無言で立っています。
警察署からアントーシャが連れてきた名もなき浮浪児、ウクシクもそこにいます。彼らはこの少女に初めて「追い出されない居場所」と名前を与えました。だからウクシクにとって、ここは生まれて初めてできた「家」だったのです。
ズィマーとアントーシャは一度拳を突き合わせ、協力を約束します。路線は違えど、この地獄を生き抜くには互いが必要だったからです。ロサは動力管を一人這って封鎖区域に忍び込み、ズィマーと再会します。
救出に向かったはずが、無実の人を殺してしまった
封鎖区域を牛耳る「十六勇士」の一味は、「競売会」という名目で学生たちを値段に応じて分類し、殺していました。研究会のリーダー、レオニドもそうして戻らなかったのです。
ズィマーは救出隊を組んで仲間たちを取り戻します。しかしその最中、怯えた学生二人が、遺体の衣服を剥いでいた男を強盗と勘違いして殺してしまいます。彼は飢えた家族のために、亡くなった人の遺品を拾っていたごく普通の労働者でした。
夫の遺体の前に崩れ落ちた妻に、学生たちは持っているものを全て差し出しますが、返ってきたのは空虚な憎しみだけでした。
一人残ったマトヴェイだけが彼女に歩み寄り、夫は強盗ではなく家族のために最後まで戦った人だったのだと静かに伝えます。

「価値ある者のためだけに戦え」と言うアントーシャに、ズィマーは答えます。身分が何であれ、拳を握る者なら誰一人見捨てないと。
壁一枚を隔てて
リェータは子供たちの親の代理として封鎖区域に入り、壁一枚を隔ててズィマーと会います。来る途中、人間の指を咥えた獣を目にした彼女は、チェルノボーグの記憶に押し潰されそうになりますが、なんとか呑み込みます。
ズィマーは静かに頼みます。毎日運び込まれるパブロヴィチの重火器補給を、外から断ってほしいと。
外でリェータは政治を学びます。ある議員から驚くべき事実を聞くのです。舞踏会の夜以来、皇帝が宮殿に戻っておらず、もしかしたらこの封鎖区域の中にいるかもしれないと。
ただし、皇帝を強制的に宮殿へ送り返す「特殊手段」が発動すれば、中にいる学生たちは自力で生き延びる道を探さねばならないという冷たい警告も添えられていました。
気高き裏切り
怯えた学生たちが四方に散ろうとしていた劇場で、イースチナが舞台に上がります。いつも理性的な彼女が、初めて声を張り上げるのです。

この手は拍手をして権力者にへつらうためにあるのではなく、高い壁を打ち壊すためにあるのです。
— イースチナ
一方、リェータは自分を可愛がってくれたヴァブロゾヴァ夫人が差し出した「有利な証言」を最後まで拒みます。代わりに自らの「懺悔」の手紙を書き綴ります。自分の策略に騙された全ての人へ、そして利用され捨てられた学生たちへ。
貴族の血ではなく「選ぶ権利」こそ、誰もが生まれ持つべき唯一の権利だとリェータは言います。監禁されていたオルガもまた、結局は父の邸宅へ通じる秘密の通路を学生たちに明け渡し、自分なりのやり方で家門と決別します。
ラジオの向こうの声
封鎖区域の真ん中で、無線係の少女ボタニは、誰も応答しない虚空に373回目の救助要請を送っていました。その声に初めて応えたのは、自らを「フェージャ」と名乗る物静かな男でした。
フェージャの冷静な助言に支えられ、ボタニは敵の会計担当男爵を捕らえることに成功します。そして私たちは、このフェージャの正体を知ることになります。舞踏会から姿を消したあの皇帝、フェオドルなのです。

しかしフェオドルにとって、この温かな夜はむしろ罰でした。自分が金貨を握らせた学生「チビ」は、その金で命を買おうとして既に殺されていたのです。人を救いもし、殺しもしたこの両手を、彼はとても見下ろすことができません。
「それでも明日がある」というのは、なんと単純な祈りなのか。初めて皇帝は、自分が何を放置してきたのかを実感します。
捕虜をどうするかを巡り、ズィマーとアントーシャはついに袂を分かちます。「利用価値のために生かしておこう」と言うズィマーと、「寄生虫を生かしてはおけない」と言うアントーシャ。いつもアントーシャのそばにいたマトヴェイまでもが、今回は静かに背を向けます。
伝説の槌を手にした少女
決戦の日。十六勇士の頭目グロモフは大砲まで引っ張り出して学生たちを踏み潰そうとしますが、ズィマーはイゴール大帝の伝説の槌斧――誰も持ち上げられないとされていたその武器を掲げます。

狭い路地に敵を誘い込んだ待ち伏せ、窓という窓から降り注ぐ火炎瓶、そして身を投げ出したロサとジュナー教官。さらにクラウンスレイヤーが連れてきた労働者や市民たちまでもが加わり、戦況は逆転します。
ズィマーは封鎖区域の入り口を塞いでいたイゴール大帝の巨大な石像を槌で打ち砕き、壁を崩落させます。その瓦礫が、最後まで逃げ続けていたパブロヴィチを押し潰します。

舌を切り取れば、バターを塗ったパンが食べられるそうです。膝をえぐり取れば、赦免状がもらえるそうです。でも私たちは「嫌だ」と答えます。
— ズィマー
崩れゆく石像の前で、フェオドルも思わず学生たちに紛れて「ウラー」と叫びます。
そして、マトヴェイ
勝利には代償が伴いました。後方を急襲した無拍子同盟は精鋭の憲兵隊とぶつかり、アントーシャをかばってユーラが、そしてマトヴェイが帰らぬ人となったのです。
仲間を全て失ったアントーシャは、ズィマーに決闘を申し込みます。「私の死体を踏んで新しい秩序へ行け」と言い、詩的な死へと逃げ込もうとしているのです。

ズィマーは決闘を拒みます。破壊は手段に過ぎず、命を捨てたところで理想が輝くわけではないと言って。
二人が共に学校の庭に桜の木を植えた日、アントーシャはもう誰も苦しまないウルサスがやって来ると信じていました。その信念の代償として師を失い、今度はマトヴェイまで失ったのです。
翌日、アントーシャは一人でマトヴェイの家を訪れ、彼のために書いた訃報を窓の隙間に挟み、逃げるように背を向けます。ところが窓の向こう、老母の食卓には赤いスープの器が三つ並んでいます。マトヴェイが前もって送っておいた一通の手紙のおかげでした。

生きろ。お前が生きて、いつか私と師と仲間たちを烈士の碑に刻んでくれと。幻影はそうしてアントーシャを解き放ちます。
白紙の上の真実
そして聴聞会に戻ります。実はこの裁判、最初から芝居だったのです。書記官の記録簿は真っ白な白紙で、ゾーヤの長い証言は時間を稼ぐための囮でした。
その間、学生たちは警備が手薄になった第三監獄を襲撃し、リレアと囚われていた者たちを全員救出していました。バラバラだった「連合大会」は、いつの間にか一つにまとまった部隊になっていたのです。

再会した自治団は、ゾーヤに拳の紋章のバッジを渡します。もう君は間違いなく「私たち」の一員だと言って。赤毛のロドス派遣オペレータークラウンスレイヤー(リュドミラ)は、無線越しにグムの父が残した手がかり――「石棺」と「衛星都市」を追って、再び旅立ちます。
皇帝フェオドルは初めて自らの足で、雪降る通りを抜けて宮殿へと帰っていきます。廃墟に降ろうと宮殿に降ろうと、雪は同じように冷たいのだと、今になってようやく知りながら。

しかしこの冬はまだ終わっていません。遠くでは見知らぬ青年が、初めて目にするサンクトコンブルクを見上げており、どこかの軍団は「音もなく」新型兵器を試そうと準備しているのです。
ウルサスは今もなお千年目の冬です。しかしその凍てついた凍土を突き破り、膝を折ることを拒んだ拳が一つ立ち上がりました。「彼ら」と「私たち」を隔てていた壁が崩れた場所に、今残る言葉はただひとつ――私たち。